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高松高等裁判所 昭和48年(ネ)158号 判決

控訴人

古田造

右訴訟代理人

松岡一陽

被控訴人

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

岸本隆男

外四名

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年九月一八日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の主位的請求及び予備的請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審共控訴人の負担とする。

この判決は、金銭の支払を命じた部分に限り、控訴人において金二万五〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、当審で一部請求を減縮し、「原判決を次の通り変更する。被控訴人は控訴人に対し、金一二一一万五六〇〇円及びこれに対する昭和三四年九月一八日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決、並びに、仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお原判決が変更されて控訴人の請求が認容された部分につき仮執行の宣言が付される場合には、その免脱の宣言を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張、提出援用した証拠、認否は、次に付加訂正する外は原判決事実摘示(但し、原判決三枚目裏一二行目から同五枚目裏一行目までの部分、同七枚目表六行目の「同第三項の事実中、」とある部分、同裏九行目の「同第三項(2)記載の事実中、」とある部分、同一〇枚目表一〇行目の「金二、八二九万三、七三四円」とある部分、同一一枚目裏五行目から同一二枚目表二行目までの部分、同一二枚目表七行目の「同第二項の記載事実中、」とある部分は、いずれも除く)の通りであるからこれを引用する。

原判決三枚目表六行目の「昭和三四年六月二三日登録」とある部分を削り、同裏二行目の「昭和三九年」とあるを「昭和二九年」と訂正する。

(控訴人の主張)

一、控訴人は、被控訴人の本件鉱区内隧道施設設置工事に伴う石灰石の堀採並びに該施設設置により本件石灰石や鉱業権等を侵害され、次の通り、合計金一二一一万五六〇〇円の損害を蒙つた。

(1)  本件鉱区内から石灰石を掘採し、その所有権を侵害したことによる損害金九四万七七〇〇円

被控訴人は、本件鉱区内隧道施設設置工事に伴い、本件鉱区内から合計三六四五トン(隧道断面積121644平方メートル×その長さ(111メートル)×比重27)の石灰石を掘採して隧道外に搬出したところ、右被控訴人の掘採した石灰石は控訴人の所有であつたから、被控訴人はこれを一定の場所に置くべきであつたのである。しかるに、被控訴人は、右掘採した石灰石を、暗渠の施設或は亀谷運搬道路南の亀谷運搬道路の埋立、石垣等に使用し、又は、亀谷土捨場及び第二土捨場に土砂と混入堆積してその商品価値を失わしめる等して、その所有権を侵害し、右石灰石の時価相当額の損害を蒙らせた。そして、右石灰石の価格は、トン当り高知港渡金三五〇円から金四五〇円であり、また、高知港までの運賃は、トン当り金一四〇円であつたから、右石灰石三六四五トンの価格は、合計金九四万七七〇〇円である。

(400円(450円と350円の中間価額)−140円)×3645=94万7700円

(2)  鉱業法六四条の規定により掘採制限を受けたことによる損害金一一一六万七九〇〇円

被控訴人が本件鉱区内に本件隧道を設置したため、鉱業権者である控訴人は、鉱業法六四条の規定により、本件隧道の周囲五〇メートルの場所において、石灰石の掘採の制限を受け、本件鉱山はその価格を減少したので、控訴人は右価格減少分相当の損害を蒙つた。そして、本件鉱区内からの石灰石の可採鉱量は、二〇四万九〇〇〇トンであり、この評価額はホスコルド公式(鉱山評価の一方式)により計算すると金五三二四万五〇〇〇円となるから、一トン当りの評価額は金二五円九九銭であるところ、本件隧道施設のため掘採制限を受けた石灰石の鉱量は金四二万九七〇〇トンであるから、右掘採制限による損害額は、合計金一一一六万七九〇〇円である。

25円99銭×429700=1116万7900円(100円以下切捨)

二、よつて、控訴人は被控訴人に対し、民法七〇九条に基づき、右一の(1)(2)の損害の合計金一二一一万五六〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和三四年九月一八日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、仮りに、右民法七〇九条に基づく損害賠償請求が認められないとしても、被控訴人が本件隧道施設を設置したことにより、控訴人は、前記一に記載の通り、本件鉱区から石灰石が掘採されたことにより生じた損害金九四万七七〇〇円と掘採制限を受けたことによる損害金一一一六万七九〇〇円の損害を蒙り、一方被控訴人は法律上の原因なくして利得を得た。

よつて、控訴人は、予備的請求として、被控訴人に対し、民法七〇四条後段に基づき、右不当利得金一二一一万五六〇〇円及びこれに対する弁済期の経過後である昭和三四年九月一八日以降右完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被控訴人は、昭和三〇年一一月頃本件隧道の貫通している関係土地の所有者全員との間に本件隧道施設を設置するための使用を目的とする使用貸借契約を締結したと主張しているが、当時、本件隧道が何人の所有の何番地の土地の地下を貫通するかはわからなかつたもので、本件隧道が特定の人の所有する特定の土地の地下を通つていることがわかつたのは、本件訴訟中に鑑定がなされてからのことである。したがつて、本件隧道の貫通している関係土地の所有者全員と被控訴人との間で、被控訴人主張のような使用貸借契約の締結される筈がない。

仮りに被控訴人主張の使用貸借契約が締結されたとしても、土地の所有権はその土地の上下に及ぶが、右支配の及ばない上空とか地下にまで及ぶものではないところ、本件隧道の設置された場所は、地表から深いところであつて、地表の支配者である土地所有者の利害に関係がなく、その支配の及ばない場所であるから、被控訴人主張の使用貸借契約の効力は、本件隧道の設置されている場所にまで及ぶものではない。したがつて、本件隧道の設置は、被控訴人の使用貸借契約に基づく正当な権利行使であるとの被控訴人の主張は失当である。(もつとも本件隧道の亀谷出口付近では、右使用貸借に基づく正当な権利行使といえようが、右入口から一〇〇余メートル這入つたところまでは、石灰石はないから控訴人主張の損害には関係がない)。

(被控訴人の主張)

一、控訴人の右主張事実中、本件隧道設置のため、控訴人の掘採制限を受けた石灰石の鉱量が四二万九七〇〇トンであることは認めるが、その余は争う。

二、被控訴人が、本件隧道の設置工事に伴い、本件鉱区内から掘採した石灰石は二四〇〇トンであつて、控訴人主張の如く三六四五トンではない。なお、右掘採にかかる石灰石の所有権侵害を理由とした損害についての控訴人の主張に対する被控訴人の主張は、原判決七枚目表六行目の「被告が」とある部分から同裏八行目までに記載の通りである。

三、また、本件隧道設置のため、控訴人が石灰石の掘採制限を受けたことによる損害についての控訴人の主張に対する被控訴人の主張は、原判決七枚目裏一二行目から同八枚目裏八行目までに記載の通りである。

(証拠)〈略〉

理由

一訴外中島勉が、高知県吾川郡伊野町大字大内において、高知県試掘権第三八〇九号大内鉱山の石灰石鉱業権を有していたところ、控訴人が昭和三三年四月一一日、これを右訴外人から買受け、同月一四日、その旨の登録を経由したこと、被控訴人が準用河川日下川の河川改修工事の一環として、同県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から同県吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ線上に水路を開鑿することを計画し、訴外高知県知事が被控訴人の機関委任事務として、昭和二九年二月頃該工事に着手したこと、被控訴人が昭和三三年五月中旬頃から同年六月末にかけて、隧道設置のため本件鉱区内を掘り抜き、昭和三四年月頃、本件鉱区内に隧道(本件隧道)(但し、その構造、長さの点は除く)の設置を完了したこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

次に、〈証拠〉によれば、被控訴人の設置した隧道は、内径3.2メートルであつて、その外側には、石灰石の存する固い地盤のところで三〇センチメートル、その他のところで概ね五〇センチメートルのコンクリートによる巻厚が施してあること、そして右隧道のうち本件鉱区内の隧道(本件隧道)の長さは約一〇〇メートルであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二(掘採した石灰石の所有権侵害による損害賠償請求について)

(1)  被控訴人が、本件隧道設置の工事に伴い、本件鉱区内から石灰石を掘採したことは当事者間に争いがないところ、控訴人は、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石は合計三六四九トンであると主張するが、右控訴人の主張事実を認め得る適確な証拠はない。却つて、控訴人は、原審において、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石は二四〇〇トンであると主張していたこともあるのであつて、かかる事実に、原審証人浜田義徳(第一回)、同尾崎晴光の各証言によれば、被控訴人が前記工事のため本件鉱区内から掘採した石灰石は、二四〇〇トンであると認めるのが相当である。

(2)  次に、被控訴人が本件鉱区内から掘採した石灰石二四〇〇トンは、鉱業法八条一項の規定により、掘採と同時に控訴人の所有に属していたものであるところ、その後被控訴人は、少くとも過失により、控訴人の右石灰石に対する所有権を侵害したものと認むべきであつて、この点に関する当裁判所の認定判断は、原判決一五枚目裏一一行目から一八枚目裏九行目までに記載の通りであるからこれを引用する。なお、原判決一六枚目表四行目から六行目に掲記の各証拠と弁論の全趣旨によれば、右石灰石の所有権侵害による不法行為は、昭和三三年中になされたものであることが認められる。

(3)  そこで右石灰石の所有権侵害によつて控訴人の蒙つた損害額について判断する。

〈証拠〉を綜合すると、昭和三三年春頃から同三四年春頃までの間における高知港での石灰石一トン当りの販売価格は、金三五〇円から金四五〇円程度であつて、平均約金四〇〇円であつたこと、当時の本件鉱区付近の鉱区における石灰石の一トン当りの掘採費は、少なくとも金二二〇円前後であつたこと、本件鉱区付近から高知港まで石灰石を運ぶ運賃は、他の業者に下請けさせるか否かによつて多少の相違はあつたが、昭和三三年当時において、他の業者に請負わせた場合の石灰石一トン当りの運賃は、平均して金一五〇円を下らなかつたこと、以上の如き事実が認められ、右認定に反する原審における控訴人本人尋問の結果、鑑定人吉村重隆(第一回)、同樋口誠一(第二回)、同奥村誠次郎の各鑑定の結果は、いずれもたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば、本件鉱区内から掘採した石灰石の昭和三三年当時における一トン当りの販売利益は、金四〇〇円から掘採費二二〇円と運賃金一五〇円をさし引いた残額の金三〇円であると認めるのが相当であるから、控訴人が前記石灰石二四〇〇トンの所有権を侵害されたことによつて蒙つた損害は、合計金七万二〇〇〇円というべきである。

30円×2400(トン)=7万2000円

よつて右の限度を超える控訴人の請求は失当である。

三(鉱業法六四条の規定により掘採制限を受けたことによる損害賠償請求について。)

(1)  控訴人が本件鉱業権を取得したのは、昭和三三年四月一一日であるところ、本件鉱区内における隧道の設置工事は、その後の同年五月中旬頃から行われて翌三四年三月頃右工事が完成したこと、及び、本件鉱区内における隧道の長さは、約一〇〇メートルであることは、前記認定の通りである。したがつて、控訴人が本件鉱業権を取得した後に、被控訴人が右隧道施設を設置したため、鉱業法六四条により、控訴人が右隧道施設の周囲五〇メートルの場所において、本件鉱業権を実施して石灰石を掘採するためには鉱業法以外の法令の規定によつて許可又は認可を受けた場合を除き、管理庁又は管理人の承認を得なければならず、控訴人は、右所定の承認を得ない限り、右場所の石灰石を掘採することができない旨の制限を受けるに至つたものというべきである。

(2)  ところで、国が一定の区域を鉱区とする鉱業権を設定した後に、当該鉱区内において公共用物を設置する公益上の必要が生じた場合には、元来鉱業法五三条の趣旨に従い、鉱業権者に対し、鉱区の減少の処分又は鉱業権取消の処分をとり、同法五三条の二によつて、鉱業権者に対してこれによる損害を補償すべきであつて、右の如き手続をとることなく、公共用物を設置した場合には、不法行為を構成することもあり得よう。しかしながら、鉱業権設定の当時において、既に国が特定の公共用物を設置する計画を具体的にたて、近い将来右計画を現実に実施することにしている場合とか、或は、さらに右計画に基づく公共用物設置の工事に着手しているような場合には、その後に設定された右公共用物設置の予定地域を鉱区の一部とする鉱業権につき、国において、鉱業法五三条・同条の二の手続をとることなく、右当初の計画に基づき、右鉱区内に公共用物を設置しても、そのことは、何ら鉱業権者に対する不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。けだし、鉱業法六四条の制限は、鉱業権者がその鉱業権の設定を受けた当時、その鉱区内又はその付近に右同条所定の公共用物等が現存した場合に、鉱業権者に対して法律上当然に課せられる制限であつて、この場合には補償の問題は生じないところ、鉱業権者が鉱業権の設定を受けた当時には、未だ右六四条所定の公共用物が現実に存在していない場合であつても、その当時、特定の公共用物を設置する計画が具体的にたてられており、かつ、近い将来右計画が実施されることになつている場合とか、或は、さらに右計画に基づく工事が始められているような場合には、右の如き計画がない場合とは異なり、もともと右公共用物設置の予定地域を除外した地域を鉱区とした鉱業権が設定されるべき関係にあつたといえるし(鉱業法三五条参照)、鉱業権者においても、鉱業権設定の当時、将来その鉱区内に公共用物が現実に設置され、鉱業法六四条の制限を受けることを容易に知り得る関係にあるから、補償の要否の点では、鉱業権設定当時、既に右公共用物が現存している場合と同様に扱つても、鉱業権者に対し不当な不利益を負わせることにはならないし、また一方、国においても、公益を実現させるため、一旦特定の公共用物を設置する計画を具体的にたて、これを実施することにしていながら、その後一私人に対して鉱業権が設定されたために、改めて鉱業法五三条同条の二の手続をとらなければ、右当初の計画を実施して公共用物を設置することができないとすることは極めて不合理なことであるからである。

これを本件についてみるに、〈証拠〉を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、高知県内を流れる準用河川日下川は、仁淀川の支流であるが、昭和二一年の南海地震以降全面的に地盤が沈下し、水害による被害がひどくなつたので、被控訴人の国は、地元住民の要望に基づき、右水害の危険を除去するため、日下川の改修工事を計画し、その一環として、高知県高岡郡日高村暮月の日下川河岸から同県吾川郡伊野町大内の仁淀川河岸を結ぶほぼ直線上に、全長三六九六メートルの水路を開鑿して日下川の水を仁淀川に流すことにしたこと、そして右水路のうち、平野部は暗渠とし、山間部には、全長一五五〇メートルの第一号隧道と全長一三八八メートルの第二号隧道とが設けられることになつたところ、右隧道の設置される位置や大きさ等は、遅くとも昭和三〇年一〇月頃までには、具体的に定められた上(一般に工事の着手前に工事内容が確定していることは経験則上からも明らかである)、同年一一月頃から第一号隧道の掘鑿工事が始められたし、また、昭和三一年二月頃には、第二号隧道を掘鑿する前提として第三斜道の掘鑿工事が始められ、ついで昭和三二年四月頃から、右第三斜道付近から第二号隧道の掘鑿工事が始められて、昭和三五年三月頃には、右隧道工事の全部が完成したこと、なお、本件鉱区内に設置された隧道は、右第二号隧道の一部であつて、昭和三三年二月頃から掘鑿工事の始められた亀谷斜道から約一五〇メートル上流の地点を基点とし、同地点から上流へ約一〇〇メートル進んだ地点までの間の部分であるが、本件鉱区内の右隧道部分の設置場所や大きさ等も昭和三〇年中には確定的に決定されていた上、昭和三二年頃には右第二号隧道の他の部分の工事が始められたこと、一方、現在控訴人の有する本件鉱業権は、訴外中島勉から昭和三二年三月一一日付をもつて四国通産局長宛に出された試掘権設定額に基づいて、昭和三三年一月二〇日その許可がなされ、同年二月一三日、登録がなされて設定成立したものであつて、その後控訴人が昭和三三年四月一一日右中島勉から本件鉱業権を譲り受けたものであるから、右鉱業権が設定された当時には、前記の如く、その鉱区内の一部に、前記第二号隧道の一部(本件隧道)が設置されることに確定していたばかりでなく、その設置工事に着手する直前であつたし、さらには当時右第二号隧道の他の部分の工事が始められていたこと、なお、四国通産局長が、本件鉱業権の出願に対する許可処分をするに当つては、既に右出願のあつた鉱区内に本件隧道が設置されることになつていたのであるから、本件隧道の設置される予定地域をその鉱区から除外すべきであつたにも拘らず、当時高知県から本件鉱区内に本件隧道が設置されることになつている旨の連絡を受けながら、右連絡の趣旨を誤解したため、本件隧道の設置される予定地域を鉱区から除外することなく、前述の許可処分を与えて、本件鉱業権が設定されるに至つたものであること、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば、本件鉱業権の設定された当時には、既にその鉱区内に近い将来本件隧道を設置する計画が具体的かつ確定的にたてられており、かつ、本件鉱区内の本件隧道と一体をなす隧道(第二隧道)の他の部分の工事が現実に始められていたのであるから、被控訴人が本件鉱業権の設定された後に、本件鉱区内の隧道設置の工事に着手し、これを完成させたからといつて、そのことは、何等控訴人に対する不法行為を構成するものではないというべきである。

(3)  なおまた鉱業権は、鉱区内において他人を排除し、許可を受けた鉱物を掘採取得する独占的な権利ではあるが、土地そのものを目的とする土地所有権又は土地使用権とは別個独立の権利であるから、第三者の所有地を鉱区とする鉱業権が設定された場合には、鉱業権者において、土地所有者との協議又は鉱業法五章に定める「土地の使用及び収用」に関する規定によつて、地下に対する使用権を取得しない限り、土地の所有者、又は、その所有者から土地使用権を与えられた者は、鉱業を目的とさえしなければ、その土地内において隧道を開掘し、又は、井戸を開鑿すること等は自由であり、右隧道等を開掘したからといつて、鉱業権者に対する不法行為を構成するものではないと解すべきところ、これを本件についてみるに、本件鉱業権の設定された土地が控訴人及び被控訴人の所有ではなく、第三者の所有であることは弁論の全趣旨から明らかであり、また、当裁判所も、被控訴人が本件隧道の設置された土地の所有者から、本件隧道を設置するために右土地の使用権を与えられていたものと認定判断するものであつて、その理由は、原判決二二枚目表四行目から同二四枚目裏九行目までに記載の通りであるからこれを引用する。右認定に反する当審における証人橋本渉の証言及び控訴人本人尋問の結果は信用できない。

控訴人は、昭和三〇年一一月当時本件隧道が何人の所有の何番地の土地の地下を貫通するかわからなかつたのであるから、被控訴人が右土地の所有者から右の如き土地使用権を与えられたことはないと主張するが、右控訴人の主張事実に副う当審における控訴人本人尋問の結果はたやすく信用できない。却つて、前記の通り、昭和三〇年一一月頃には、日下川改修工事の一環として被控訴人の計画した隧道の設置工事が開始されていたのであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、経験則上、右工事の開始される直前の昭和三〇年一〇月頃までには、本件鉱区内を貫通する隧道を含めた全隧道の設置場所や大きさ等はすべて確定していたものと認むべきであり、また、前記認定の通り、右隧道の設置については各関係地元民の了解を得た上で始められたものであつて、かつ、その際に、土地の使用についても各所有者の承諾があつたものというべきであるから、右控訴人の主張は失当である。

次に、控訴人は、本件隧道の設置された場所は、地表から深いところであつて、地表の支配者である土地所有者の支配の及ばない場所であるから、被控訴人が前記の如く土地所有者からその土地の使用権を与えられたとしても、本件隧道の設置は正当な権利行使ではないと主張しているが、土地の所有権は、土地の上下に及ぶのであつて、前記の通り、鉱業権の設定されている土地の所有者、又は、土地所有者から使用権を与えられた者は、鉱業を目的としない限り、地下を利用して隧道を開掘することは自由であり、鉱業権者において、所定の手続を経て地下使用権を取得しない以上は、右土地所有者らの地下の利用を禁止し、又は、制限する権限はないから、右控訴人の主張は失当である。

(4)  してみれば、以上いずれにしても、被控訴人が本件鉱区内に本件隧道を設置したことは、控訴人に対する不法行為を構成するものではないというべきであるから、本件隧道の設置が不法行為を構成することを前提にした控訴人の請求は、その余の点につき判断するまでもなくすべて失当である。

四(控訴人の予備的請求について)

次に、民法七〇四条後段に基づく控訴人の予備的請求について判断するに、不当利得の成立するためには、一方に法律上の原因のない利得が生じ、他方にその利得の原因である損害の生ずることが必要であつて、同一の財産的価値の移動とみられるような関係、換言すれば、一方の損害が他方の利得に帰したという因果関係が必要であるところ、被控訴人が本件鉱区内に本件隧道を設置したことにより、控訴人が本件隧道の周囲五〇メートルの地域において石灰石を掘採することができなくなり、そのためにその主張の如き損害を蒙つたとしても、右損害がそのまま被控訴人の利得に帰したものとは到底認め難いし、また、控訴人が右石灰石の掘採の制限を受けたことにより何らかの損害を受け、一方被控訴人が本件隧道を設置したことにより何らかの利得を得たとしても、本件における全証拠によるも、右損害と利得との間に同一の財産的価値の移動とみられるような関係、すなわち、控訴人の右損害がそのまま被控訴人の利得に帰した関係を認めることができず、被控訴人が法律上の原因なくして利得をしたいわゆる悪意の受益者であることを認めることはできない。よつて、民法七〇四条後段に基づく控訴人の予備的請求も失当である。

五(結論)

以上の理由により、控訴人の主位的請求は金七万二〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和三四年九月一八日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余の主位的請求及び予備的請求はすべて失当である。

よつて、右と異る原判決は一部不当であるから、これを変更し、控訴人の主位的請求を右の限度で認容し、その余の主位的請求及び予備的請求を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九六条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、なお、仮執行免脱の宣言を付することは相当でないのでこれを付さないこととして、主文の通り判決する。

(秋山正雄 後藤勇 磯部有宏)

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